商標を愉しむ 或る弁理士の銘肌鏤骨ブログ

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【法改正】「他人の氏名を含む商標の登録要件の緩和」で懸念される世間での誤解①

昨年、商標法の改正があり、実務にも比較的大きな影響がある変更点が生じることになりました。その一つとして、「他人の氏名を含む商標の登録要件の緩和」が挙げられます。

 

この変更点は、2024年4月1日から適用されることになります。

 

今後、当該時期が近付くにつれて、おそらく、メディアのニュース等で話題にされることも増えてくると予想されます。

 

しかし、相変わらず一般の人々には「商標登録制度」があまりよく理解されていない現状を踏まえると、今回の改正点についても、世間において様々な誤解が生じるのではないかと、個人的に危惧しています。

 

具体的には、次のような誤解が懸念されるところです。

 

・誤解その1「氏名の商標登録がはじめて認められるようになる」
・誤解その2「氏名が商標登録されると、同じ氏名が名乗れなくなる」
・誤解その3「他人の氏名を先に商標登録すれば商売になる」

 

そこで今回の記事では、このような「懸念される誤解」について、あらかじめ言及しておくことで、少しでも今後の一般の方々の誤解を減らせたらと思っております。

 

なお、一つの記事で全ての誤解について言及すると長くなりすぎるため、今回は3回に分けて書いていきます。

 

・誤解その1「氏名の商標登録がはじめて認められるようになる」

おそらく、商標法改正のニュースに接した一般の方々に多く生じるのは、今回の法改正によって「氏名の商標登録がはじめて認められるようになる」といった誤解ではないかと思います。

 

これまでも、氏名の商標登録が認められなかったわけではありません。
認められなかったわけではないのですが、そのハードルが高かったのです。

 

現行の商標法には、商標登録ができない商標の一例として、以下が挙げられています。

 

(商標登録を受けることができない商標)
第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。

 

八 他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)


※傍線は筆者による

 

この規定によれば、原則的な考え方として、「他人の氏名を含む商標」は商標登録ができないとされています。ただ、文末に「(その他人の承諾を得ているものを除く。)」とあるように、その他人から承諾をもらえれば、商標登録をすることは可能となります。

 

これだけ聞くと、さほど登録のハードルは高くないように感じられるかもしれません。
しかし、実際の場面を想定してみると、状況によってはかなり大変なことがわかります。

 

たとえば、仮に「工藤進一」(※仮名)さんが、「工藤進一」というファッションブランドを立ち上げて、これを商標登録しようと出願した場合。世の中にはおそらく、同姓同名の人がかなりいると思われますので、特許庁は主にインターネット上にある情報を元に、上記の規定を理由として、商標登録は認められないと判断することでしょう。

 

そこで、「じゃあ、承諾をもらえば・・・」という話になるわけですが、特許庁の拒絶理由通知には、おそらくそれなりの数の人が挙げられるはずです。それら全員から商標登録の承諾を得ることなど、現実的には不可能な話でしょう

 

考えてもみてください。そもそも、ある日突然、知らない人に「私は、あなたと同じ名前を商標登録したいのですが、承諾してもらえませんか?」などと交渉されて、快諾する人などいるでしょうか。めちゃくちゃ怪しまれて、警戒されるのがオチでしょう(苦笑)。

 

このような感じで、実際のところ、同姓同名の人が存在する氏名の商標については、商標登録をすることが困難だったわけです。そして、特に近年は、上記の登録要件が非常に厳しく判断される傾向にありました。

 

ちなみに、現在、同姓同名の人がいないような珍しい氏名であれば、すんなり商標登録できると考えられます。たとえば、私が自分の名前である「永露祥生」を商標登録しようとした場合、おそらく同じ氏名の他人は世の中に存在しないので、(他に拒絶理由がなければ)審査では引っかからないと思われます。

 

少し話がそれました。
しかし、そうはいっても、それこそ自分の氏名をファッションブランド名などにして、商標として使われるケースも実際にはあるわけです。中には誰もが知る有名なものもあります。こういった実情があるのに、頑なに商標登録を認めないとすれば、それらのブランドの保護が適切にできなくなってしまいます

 

そこで、今回の法改正によって、この登録要件が緩和されることになった次第です。
すなわち、今後は、商標に含まれる「他人の氏名」に「一定の知名度がある場合」には商標登録を認めない、という運用に変わります。(なお、現在の規定と同様に、その他人の承諾があれば登録は可能です。)

 

逆に言えば、知名度のない「他人の氏名」を含む商標であれば、すんなりと商標登録が認められ得るようになるということです。たとえば、上述のように自分の氏名を商標登録しようと出願した場合、たとえ同姓同名の他人が大勢いたとしても、一定の知名度がある人がいなければ、商標登録が認められ得ることになります。現在では登録条件となっている承諾もいりません。

 

改正後の商標法の規定は、以下のようになります。

 

(商標登録を受けることができない商標)
第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。

 

八 他人の肖像若しくは他人の氏名(商標の使用をする商品又は役務の分野において需要者の間に広く認識されている氏名に限る。)若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)又は他人の氏名を含む商標であつて、政令で定める要件に該当しないもの


※傍線は筆者による

 

今後は、自分の氏名の商標登録がかなりしやすくなると言えるでしょう。
「一定の知名度があるかどうか」をどのように判断するのか等、現時点ではまだよくわからない点もありますが、自分の氏名をブランドとして事業で使っている方々にとっては、歓迎すべき改正となるはずです。

 

ちなみに、「じゃあ、法改正後は、誰でも知名度のない他人の氏名を商標登録し放題になるってこと?」という疑問を抱いた方もおられるかもしれません。この点は、混乱や不具合が生じないように一応はちゃんと考慮されており、上記の規定の後段にある「政令で定める要件」のところで手当てがなされています。(こちらの詳細は、追って『誤解その3「他人の氏名を先に商標登録すれば商売になる」』の記事で言及します。

よって、実際には、知名度のない「他人の氏名」を含む商標であれば、何でもすんなりと商標登録が認められるわけではなく、「政令で定める要件」も満たしていることが前提となります

 

※なお、この「政令で定める要件」は、知名度のある他人からの承諾を得ている場合であってもチェックされます。承諾があっても、「政令で定める要件」をも満たしていることが商標登録が認められる条件となります。よって、知名度のある他人から承諾を得てさえいれば、確実に商標登録が認められるというわけではないという点には、念のため注意が必要です。

 

というわけで、今回の法改正は、「氏名の商標登録がはじめて認められるようになる」といったものではなく、「氏名の商標登録が認められやすくなる」というものですので、まずはこの点を誤解なきようにと思います。

 

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